冷たい、寒い。そんなことは分かりきったことなのに、私は隊服が濡れるのもお構いなしに突き進む。
 ない、ない。
 私の頭の中はそれでいっぱいだった。鬼を追っている間に、弟からもらった大切な物を川に落とした。よくある形見というものだった。昔、育手の師が言った。そんなものを持っている内は大した者にはなれない。そのとおりだと思う。現に私は大した者にはなれず、柱なんて夢のまた夢の話。
 思ったより水の流れが早い。足をとられないようにしなければ。そう思っていた時だった。

「駄目だ、早まっちゃ駄目だ!」

 その声に顔を上げると、日輪刀を放り投げた村田くんが見たこともない形相で私に向かってきた。そのまま来られては、困る。
「わっ、ちょっと、来ないで!」
「嫌だ!」
「えっ」
 険しい顔つきで村田くんは川の流れも物ともせずそのままこちらに駆けてきて、私の肩を抱き寄せた。案の定、私はそのまま足を滑らせる。背中の衝撃、泡に包まれる間際、飛沫が虹を作った。



「いや、本当にごめん! 俺、てっきり……」

 ハハハッと笑いながら村田くんは前髪に雫を滴らせている。これが鬼殺の場でなくて良かったと思う。あってはならないこと、私と村田くんは文字そのままの共倒れになった。何度もごめんごめんと謝る村田くんは突然ハッとした顔をして、頬を赤くする。

「だっ、だ、抱きつこうなんて思ってなかったんだ、俺はただ……さん、信じて!」
「そんなのわかってるよ、言われてみたらたしかにそう見えるもん。ありがとう」

 女が一人、夜明けの川へためらいなく入っていく。その様を見れば、誰でもそう誤解するだろう。村田くんはただ純粋に人助けをしようとしたにすぎない。

「それで探しものってのは?」
「あ……貝殻をね」

 言葉にして俯いた。そんなもののために川へ入ったのか?そう言われてもなんら不思議ではない。いくら気心の知れた仲であったとしても、子供だましのようなことをしていたと知られたのが恥ずかしかった。貝殻は心の拠り所だった。それが無くなって、少なからず私は動転してしまった。

「どんな色?」
「えっ、色……」
「その貝殻の色」
「なんて言ったらいいんだろう、虹色みたいな、キラキラしたやつなんだけど……」
「そうか」
 村田くんは川を見る。私も同じように見つめる。朝日が水面に反射して眩しい。あの中から探そうなど、ずいぶん無謀なことをしていたと思う。

「もう少し探してみよう、大切なものなんだろう? 今帰ったって報告書を書くだけだし……うん。もう少し探そう」

 今にでも川へ飛び込んで行きそうな彼の背をとっさに掴んだ。

「うをっ!なんだ、どうしたの?!」
「もういいよ、もう……。いつまでもあんな物を持ってた私が悪いんだから」

 あれは心の弱さだから。無くして良かったんだ。私は思わずそうつぶやいていた。

「違うよ」
「え?」
「俺は違うと思う。君がいつだって懸命に戦っているのを俺は知ってる。今日だってそうだ。そんな君が弱いはずないじゃないか」
「でも、私はいつまで庚のままで……」
「それを言うなら俺も同じだ。まあ、冨岡にも先を越されちゃったし、俺はそんなに強くないけど」
「そんなことないよ! さっきだって飛び込んで来て……村田くんは、強いと思う」
「じゃあ、俺たちってそんなに弱くもないってことだ」

 柱に聴かれたら恐ろしいな、と村田くんは恥ずかしそうに頭をかいた。
 そんなことないよ。そんなことあるよ。
 何度も言い合っているうちに笑いが出た。それから私達はまた川に潜って貝殻を探した。もちろんそれが見つかることはなかったけれど。
 鬼に立ち向かうたびに、村田くんの言葉が私の支えになっていたことを彼は知らない。