今年も農村での任務を仰せつかった。積もって溶けて、また積もる。そうしてできた雪氷は指先からじわじわ熱を奪い、分厚い足袋を湿された。とても足場が良いとは言えない道を、この御方は物ともしない。それがまた常人ではないようで、私からより存在を遠ざけていた。

「本日同行させていただくことになりました、よろしくお願いいたします」

 先代は気難しい御方だったらしい。稽古は人一倍厳しいと聞いた。柱というだけで緊張してしまうのに、このようなことを耳に入れるとどうしても気後れしてしまう。なのでこの任務がいつもより億劫であったことは否定できない。
 なにごとも、滞りなく。
 それが隠の私がすべきことで、その他のことは二の次であった。なのに、

「炎柱様!」

 気づいた時にはすでに遅く、ぼふっ当たった白い塊がその背で崩れていく。雪玉だ。

「申し訳ありません、お召し物が……すみません!」

 どうしよう、庇えなかった。よりにもよってその雪玉は濁っていて、泥が混ざっていた。茶色いシミは、羽織の白い部分に役立たずの判を押された気がした。私は刀も振るえないのに、精一杯頭を下げることしかできず。

「なに、これくらい問題ない!」

 なおも顔を上げられない私に、炎柱様は自分も気づかなかったからお互い様だと言う。

「それよりこの雪玉がどこからきたのだろうな? とんでもない名手がいるようだが?」
「あ……あっ! 貴方、待ちなさい! ちょっと、待って!!」

 今度こそ、そんな思いもあって私は道を逸れ、林の中へ駆け込んだ。当然、その子は鬼ではないのですぐに捕らえることができる。なので「そんなに追いかけたらかわいそうだ」と炎柱様から引き止められるまで、自分の行いを恥と思わなかったのだ。

「すみません……」

 タッタッタと遠ざかる足音が止まった。こちらの様子を見ているのがはっきりとわかる。

「雪遊びか、懐かしいな」

 よく見ると辺りは掻き集めた雪ばかり、不格好な雪だるまがいくつも転がっている。私達とは違う大人の足跡がうっすらと残っていた。きっと何度も追いかけられたのだろう。

「ひょっとして、遊び相手がほしかったのでしょうか?」
「うむ、ではこちらからも仕返しだ!」
「えっ」

 炎柱様は地面に残った雪を掻き集め雪玉を作り、林の中へ投げつけた。まもなくするとこちらにまた雪玉が来る。それがどんどん増えていき、やがて子供の笑い声がした。ついに私の体にも命中し、黒い隊服がまだらに白く輝いた。こうなるとじっとしていられなくなってくる。

「えいっ!」
「君、なかなか上手いな!」
「私、山育ちなんです。でも、昔はもっと上手く投げられましたよ」
「ははっ、なるほど!」

 それから炎柱様の羽織は一度も汚れることがなかった。おそらく初めから避けられたにちがいない。なのにそうしなかったのは、おそらくあの方の優しさだろう。寂しさをこの人も知っているのだ。しかしいつまでもそうしてはいられない。日が暮れてしまっては元も子もない。そろそろ行かなければならないこと伝えると、すぐに雪玉は止み林の奥から手をふる姿が見えた。

「なかなか楽しかったですね」
「ああ! 童心に戻った気分だ」

 すると炎柱様は一瞬、驚いたように目を丸くした。

「あの、なにか?」
「いや、顔布が」

 炎柱様は足元に落ちていたそれを拾い上げる。
 調子に乗って遊びすぎた。見られてしまったことが恥ずかしいやら情けないやらで、とてもすぐには顔を上げられなかったが、急いでそれを身に着け前を向き直る。

「すみません、ありがとうございます」
「肩の力も抜けたようでなによりだ」
「あ、……はい」

 もしかしたら、遊んでもらったのは私の方なのかもしれない。そんな風に思ったのは、炎柱様がほっとしたように見えたから。

「では、よろしく頼む」

 柱には敵わない、そう思わせるできごとであった。